【アラベスク】メニューへ戻る 第4章【男ゴコロ】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第4章 男ゴコロ



第1節 女の理不尽 [9]




 部屋に篭っていることが多く、何をやっているのかさっぱりわからない。
 聡や母親はもちろん、実の父親にも入室を許さない。いつもはピッチリと閉め切った部屋の扉が、今はほんの少しだけ空いている。
「そうなのですが…」
 携帯ででも話しているのだろうか。いつもはツンツンとした態度を示す彼女にしては、ずいぶんと心許ない声だ。
 壁一枚隔てた隣に居ながら、所業不明な義妹。彼女が誰と何の話をしているのか?
 些か興味はある。だが……
 まぁ、立ち聞きはよくねぇよな。
 思い直して通り過ぎようとした時だった。
「でも廿楽(つづら)先輩」
 廿楽?
 思わず、足を止めてしまった。
 廿楽…… か。
 知らずに苦笑う。
 唐渓に通っていて、知らないヤツはいないだろう。
 三年生の生徒会副会長。
 聡の家は税理士事務所を営んでいる。県議会議員やらそれなりの地元有力者を客として相手にしているらしいが、それでも唐渓で名を馳せるほどの家柄ではない。
 でありながら、(ゆら)の一学年での態度は、ワリとデカい。それは、廿楽の存在があるから。
 チッ
 要は、権力に媚売ってるだけじゃんかよっ!
 苦いものでも噛み締めるかのように、顔を歪める。
 くだらねぇ〜
 蒸し暑さも手伝って、気分が悪くなる。
 軽い眩暈すらおぼえて、片手を額に当てた時だった。
 カチャッ
「――――っ!」
 音のした方へ思わず振り向き、視線を合わせてしまった。
 相手は聡の姿を見るや、露骨に眉をしかめる。
「このようなところで、何をなさってますの?」
 まるで品定めでもするかのように、聡の全身へ視線を投げる。そしてフンッと鼻で笑った。
「まさか、立ち聞き?」
 はしたないとでも言わんばかりの態度。聡は、ゲンナリと上目遣いにため息をもらす。
「誰がてめぇの部屋なんか、立ち聞きするかよっ」
 どうかしら? と口元を歪め、緩は首を傾ける。そうして
「それよりも」
 と、ゆったりと口を開いた。
「ずいぶんと、余裕ですわね」
 緩の言葉は、いつも不可思議だ。主語も目的語もないから、意味がわからない。
「何言ってんだ?」
 だが緩は、聡の間延びした声に眉をピクリと動かし、その整った顔を歪ませる。
「夏休みに入ってから、大迫さんとは会ってないでしょう?」
 年上である美鶴のコトを、大迫先輩とは呼ばない。呼ぶときは、どこかに嫌味を込めている。
「だったら何だよ?」
 緩とは気が合わない。美鶴のコトをあれこれ言われると、異常に腹が立つ。
「お前さぁ」
「"お前"なんて呼び方、やめてください」
 金持ちの令嬢よろしく、ツンと目を細める。
 ウチって、そんなに金持ちか?
 緩の態度に聡も瞳を細め、改めて口を開いた。
「お前にはさぁ〜」
 再び緩の眉がピクついた。だが、それ以上何も言うつもりはないらしい。
「美鶴のことなんて、関係ねぇだろっ」
「関係ないことありませんわ」
「何がっ?」
「お兄さんが大迫さんとどうなったのかって、毎日のようにクラスの子から聞かれますのよ」
「だから何だよ?」
「私として… 妹として兄がこっぴどくフラれるような結果は、招きたくはありません」
「俺がフラれようがどうしようが、関係ねーだろ」
「お兄さんのような方は、お気になさらないかもしれませんけど」
 お兄さんのような方は―――――







あなたが現在お読みになっているのは、第4章【男ゴコロ】第1節【女の理不尽】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第4章【男ゴコロ】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)